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海はあちらですか

読んだ本のこと、仕事のこと、ふと思ったことを思うままに書いてみたいと思います。自分の記録と整理のために。

人間の第六感。あたしにある気がするけど証明しようがない。

数週間前に買っておいた銀杏をほったらかしてあったのだが、ふと思い出して炒ってみることにした。銀杏は子供のころ大嫌いだったが、最近はもっぱら好きで飲み屋で良く頼む。けど自分でやったことなかったのでためしに。

参考にしたのはこのレシピ。

cookpad.com

秤を出すのがめんどくさかったので、目分量でやってみたけど結構おいしくできた。けど、キレイに炒り上げること考えると塩は入れずに炒って、後でふった方がよいかも。

 

さて、それはさておき、炒った銀杏はおいしかったのだが、3粒くらい食べた時点でなんとなく違和感を覚える。とくに症状は何もないけどお腹なのか心なのかどこからともなく警戒心がわいてくる感じ。もしかして、銀杏て毒があったりするのかな・・・と、ふと思い調べてみるとやはり毒性が。

 

ギンナン|「食品衛生の窓」東京都福祉保健局

 

なんと!!

けど40粒以上食べないと一旦大丈夫そうである。そもそも気のせいだよなーと考えながら、続きを食べる。今回炒ったのは20粒くらい。安全ライン内だが、食べてる間からどんどんお腹に不穏な気配が。いろんなサイトによると発症は数時間以内とのことだが、今回は食べて30分もたたないうちにお腹がくだってしまった。アウトでした。

 

正直、今回のことが銀杏が原因なのか特定は出来ないけど、お腹の丈夫さに自信のあるあたしが、原因なしにこんなことになるとは考えにくい。

 

そこで思い出したのが以前海外でペットボトルの水を飲んでお腹をこわした時のこと。その時も一口を飲み込んだ時点で、あれ?これやばいかもしれない・・・とどこからともなく違和感がわいてきた。胃が急速に冷えて縮まるような感覚。そして結局悲惨なほどにお腹を壊した。当然水だから味がおかしいわけでもないし、自分でもなぜそう気が付いたのかわからない。

 

それ以来、海外で水を飲んだ時はほんの少しだけ飲んでみて、違和感を感じたら飲まないようにしている。実際、違和感を感じて一口でやめたときは軽傷で済んだ。

 

あたしのお腹の一体何が、何の情報をもとに警告を出しているんだろう・・・。お腹がくだるってことは壊れるのは腸なんだと思うけど、警告が出るタイミングはもっと早くて、どう考えても腸には行ってない段階。胃にそういう機能があるのだろうか・・・。誰か知っていたら教えてほしい。

 

タイトルに第六感とか書いたけど、ここまで書いてこれは第六感ではなくて、完全フィジカルな警告システムの話だと気づいた。胃の器官なのか、細菌なのか、いずれにしても六感ではないな。

 

ただ六感っぽいことで言えばもう一つある。あたしは睡眠がかなり深い方で一度寝たらいつもの目覚ましの時間までまず起きることはない。けど、不思議なのが地震の時。これは証明したくてできないんだけど、地震が来るときはたいてい、起きてるのと寝てるののはざまくらいに意識のある状態になっていて、暗いなぁ、目が覚めたなぁ、何時だろう、もう少し寝るかなぁ、とかぼんやり考えていると地震が来る。そうして、あ、またか、地震がくるから目が覚めたのか、と思う。

 

これはなんなんだろう。ナマズなんだろうか。それとも本当はもっと先に揺れ始めていて揺れたから起きたのだろうか。人に話すとそう言われる。けどそんな気が全然しない。起きた時はいつもまだ全然揺れていない。1~2分だろうか。少なくともそれくらいはもやもや意識があって、そのあとに揺れ始める。

 

どうでしょう。そういう人、他にも居ませんか。

これがあると毎回、これって第六感なのかも、動物は先に気づいて逃げたりするっていうもんな。あたしはほんの1分前で逃げようもないけど、人間の中にもわずかに野生が残っているのかも・・・なんてちょとしたロマンを感じるのです。ずっと前から気になってたんだけど、ふと銀杏のことで思い出したので書いてみた。

 

そういう人いたら、もしくはそういう仕組みに詳しいひといたら教えてください。

ダイアログインザダークに参加してきた。おススメです。

先日、ダイアログ・イン・ザ・ダークというイベント?に参加してきた。面白かったのでご紹介です。
 
そもそも、ダイアログインザダークとは
 
参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、
暗闇のエキスパートである視覚障がい者のアテンドにより、中を探検し、様々なシーンを体験します。
その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、
コミュニケーションの大切さ、人のあたたかさなどを思い出します。
 
1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたダイアログ・イン・ザ・ダークは、これまで世界39カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験。何千人もの視覚障がい者のアテンド、ファシリテーターを雇用してきました。
日本では、1999年11月の初開催以降、現在は東京・外苑前の会場と、大阪「対話のある家」を中心に開催、これまで約19万人が体験しています。
 
出典:公式サイト http://www.dialoginthedark.com/
 
というもの。
今回参加したのは「一期一会」という企画で全員一人で申し込んだ人同士で暗闇を体験するというもの。なので当然みんな初めましてです。ぎこちない挨拶とあだ名の共有をしたうえでいざ暗闇へ。
 
本当の暗闇では顔のすぐ前にかざした自分の手も見えず、これは何分経っても目が慣れても見えないとのこと。本当に暗いです。何も見えませんでした。最初は自分の手が見えないことの違和感がすごくありました。見えるはずなのにおかしい、という違和感。
 
そんな中、最初は白杖を使って歩きます。普段視覚障害のある方がどうやって歩いているかを体験します。白杖でわかること、わかりにくいこと、使い方のコツ等を教えてもらいます。実際やってみると地面の質感、段差、壁の有無、など普段無意識に入ってきている情報を意識して採取する感覚が新鮮で、新たな感覚器官をもったような感じがします。と、同時に見えないということはこんなにも情報が制限されているのか!と驚きます。
 
そこからは白杖を置いて、参加者協力し合って進みます。全体工程は1時間半程度。進む中で不思議に印象的だったことが三つ。
 
一つは、進むうちに初めて会った知らない人に対する抵抗がどんどんなくなっていくこと。もちろんこんなのに来る人だから悪人ではないでしょうが、それ以上に暗闇では相手の属性がよくわからないので、かえってフラットに接することになります。相手はどんな人か、どう思っているか、偉い人か、気の合う人か、服装が気に入らない、など普段本当に無自覚にいろいろ相手に色をつけてみているということに気づきます。入る前はちょっと気が強そうで苦手かも、と思った人とも声だけでやり取りをして協力して進むと、あれ、気にすることなかったな、とかむしろ、さっきのはどの声の人だっけ、とかうやむやになって気にならなくなっていきます。目からの情報に振り回されていることを普段から意識したほうが良いかもしれません。
 
もう一つは、長くいるとだんだん暗闇が暖かい場所に思えてくること。相手のことを見えないのと同じように、相手からも自分のことが見えません。そうすると途中から何となくリラックスしてきます。表情や服装やその他、評価につながってしまいそうな色んなものが相手から見られないとなると、妙な安心感、居心地の良さが出てくるのです。そして心が落ち着いてきます。普段は入ってくる情報も多すぎるし、人からの見え方とか気にしていることも多すぎるんだなぁとしみじみ思いました。本来の自分ってどんなんだっけ。そんなに強がる必要あるんだっけ。もしかしたら生き物はお腹の中にいたときの経験で真っ暗には意外と馴染みがあるのかもしれないな、と思ってみたり。あ、けどちょっと矛盾しているかもだけど独りぼっちで安全の保障がなかったり、出れる見込みが立たなかったらマジで怖いと思います。
 
最後に、目の不自由な人ってすっごいっていうことです。もちろん会場のコースを熟知しているというのもありますが、そんなレベルじゃありません。暗闇の中とは思えないほどなんでもできます。あたしなんてすぐに方向もわからなくなりました。その中でコースを確実に進み、お茶をついで出してくれたり、お皿を片づけたり、本当に見えてないの??っていう精度で作業を進めていきます。私は持っていない、何か別の鋭い感覚を持っているようです。その彼が、暗闇から出た時に机までの距離を少し誤っていたり、本当に見えないんだ、と再確認して軽く信じられないくらい驚きました。人間の能力は本当に表面だけではわからないし、自分が知らないだけで様々な能力を人間は身に着けることができるんだと知りました。
 
そんなこんなで、前評判を焼き直しただけの体験談になりますが、実際体験して確認したことは私にとって重要だったと思います。結構新鮮な体験ができるのでもしご興味あればぜひ。
 
 
去年行った雲取山。山ではいつも朝になると止まってた世界が動き出すような感覚になります。ダイアログインザダークの暗闇の中も、なんか時間が止まっているような感覚だったかも。

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リクルートの人が語る人工知能について、事業構想大学のセミナーを受けてきた。

 

 事業構想大学のセミナーを受けました。

ちなみに、ここの出版している月刊事業構想は刺激的な事例が沢山でとてもおもしろいです。ご興味あればぜひ。

 

月刊事業構想 (2017年2月号『働き方改革の新事業』)

月刊事業構想 (2017年2月号『働き方改革の新事業』)

 

 

では早速、セミナーの感想を。

 

 

リクルート インスティチュートオブテクノロジー推進室長 石山さん

 
内容がすごく面白かった!内容のさわりと感想を。
 
まず、人工知能とは。 実は現時点では定義について未整理でかなり広義なものになってしまっているらしい。(良く聞き取れなかったが、文脈から察するに、)今回の人工知能という言葉の使われ方としては「ある種類のデータを放り込まれてそこから価値を取り出す仕組み」というくらいに感じた。その上で感想を。
 
まず面白かったのがデータの活用の意味について。ビジネスの場、特にITを活用した場面では成長戦略を立てる時にあらゆるデータを駆使するが、逆に考えて、データが取れさえしたら、現実のアナログ世界でも同じような成長戦略が立てられる可能性があるということ。IOTやコグニティブコンピューティング、ビッグデータ解析、そして機械学習。リアルにあるあらゆる情報をデータとして抽出し解析することでリアル世界もシミュレーション可能になる。アナログなことに対してそういう目線で見ることをしてきていないから、今更だけどなるほどなー!と思った。
 
それから今回の主題だが、そもそもデータ解析作業自体はすでに一般の人でも取り扱い可能になり始めているらしい。というのも一流のデータサイエンティストのノウハウを自動化した解析ツールが作られているから。リクルートではその社内インフラ導入を強烈に推し進めているとのことだった。多くの人がデータ解析を行い、多くの人工知能が作られればその多様性の中にすごい価値を持つものが出てくるだろうし、複数の組み合わせによってより多くのことが可能になるだろうと。
 
この、「量を作る」という認識は全く持っていなかったのでびっくりした。あたしはすっかり人工知能の検討というと「目的に対して必要なデータ解析を練り上げていく」イメージを持っていたけど、背景の流れを考えれば、そもそも量から意味を取り出すことが新しさなのであって、そういうことか!と目から鱗の落ちる思いがした。
 
もう一つがデータの価値について。これからの人工知能が普及していく世界においては、とにかく入手しづらくて意味の深いデータを持っている人が有利とのこと。これをひっくり返せば、今自分たちの持ってるデータって何で、価値を作り出すことのできるデータは無いか、そういう視点で今の仕事や身の回りを見直してみるといいのかも。例えばセミナー中ではうつ病の体調管理アプリに蓄積されたデータの価値の高さが説明されていたけど、そうやってイメージすると身近でもいくつか思いあたる。
 
なお、今後の人口知能に対するふるまいとして、作る人→使う人→使いもしない人、の序列ができると言われた。今回リクルートの取り組みを聞いてもはやその差はでき始めていると感じた。今、私やうちの会社がすぐに作る側に入る方向に舵を切ることは現実的じゃないと思う。けど「技術の活用により、どういう可能性があるのか」という大きなイメージや具体的な事例・利用シーンを多く知っていることは、いざ目の前に活用可能なテーマが見つかったときにすごく意味がありそうだと思った。
 
そしてリクルートの社内事業推進力の強さと進めるノウハウに何よりもびっくり。データ解析ツールの導入にあたってのリクルート内で実際とられたプロセスについて紹介されたが、何ならこれが一番衝撃をうけた。とにかく早い!まずやろうとしていることの目的と価値の認識がめちゃくちゃクリアになっていて、だから進めるためのプロセスを先回りして明確に設定している。そして確実に計画通りに運用して、具田的な成果を上げている。このプロセス管理?をあらゆる項目で実行しているとなると、価値創造のペースってうちの会社とは当然全然違うと思う。うちもちっちゃい会社だけど、理想もあるし目指してはいるけれど、ビジョンのクリアさとノウハウの確実さについては別世界。
 
こういう話を聞くと、時代が動いている様子の見え方って、先頭集団と後続集団と沿道の人では全く違うんだなぁと思う。けど、今回の話を通して、先頭集団の持っているビジョンの一端が見れただけでもあたしにとっては刺激的だった。まだまだ無力だけど、これからの時代を生きていくことは決まっているわけだから、興味をもって、かかわろうと思い続けたいし、できることならあとから巻き込まれるのではなくて、先に手を打って身を守るくらいはできたらいいなぁ。
 
最後に、人工知能に支配される世界、という像に対して石山さんの持つイメージは、人間がインプットして人工知能でアウトプットする世界だそう。何をインプットするか、そこで創造性を持つのは人間。うーん、話を聞いていると「インプットしたときに面白い、価値のある情報は何か」ということを理解すること自体が高い創造性を必要とする作業だし、深い理解を必要とするなぁ、レベル高い要望だなぁと思った。できない人は支配される側に回るのでしょうか・・・。こわっ。
 
まぁ今後も素人ながらに未来に興味をもって生きていきたい、と思った刺激的なセミナーでした。ちゃんちゃん。
 

断水発生!気づいたことをいくつか。

この年末に私が住んでいるアパートで断水があった。年末の30日から年明け6日まで1週間というわりと大胆な断水だ。原因は屋上のポンプの不調というから、どうしようもない。
 
まぁ私は年末実家に帰ったこともあり、実質3日間程度だったけれどそれでもまぁまぁな不便をすることになった。そんな中で気になったことをいくつか。
 
当たり前だけど、まったく水が出ないので、お風呂もトイレも使えず、食器洗いもできない。今回はポンプ不調のため、1階は水がでる状況だった。
 
あたしの部屋は4階でエレベーターなし。バケツを借りてもくもくと運ぶ。重い。あたしはまぁ若いからいいけど、これはお年寄りにはきつい!4往復くらいでだんだん萎えてくるし、かといってよくばって入れすぎると途中で揺れてこぼれるし。
 
二日目は筋肉痛でした。そしてこれ、災害時とかで給水場所が遠かったり給水車待ちで列んだり考えると、とんでもなく大変だ…。そしてバケツか水タンクは用意必須だと知った。
 
なんとか上げた水はとりあえず風呂桶に一旦溜める。ここで気づいたのだけど、あたしの家は古くてお風呂とトイレが一体になった、タイル張りの部屋になっている。今回はこれでかなり助かった。風呂オケとトイレが近いし、多少水こぼれてもタイルだし。これ、もっと良いお家でお風呂とトイレが離れていて、床は水がかかるような想定されてなかったら、トイレのストレスは今回以上だったろうな。
 
料理も最低限になる。洗い物をださないように。油ものはやれない。当然お湯出ないし。そうすると作るものも限られるし、なによりいちいちめんどくさい!ちょっと手を流したくても水はお風呂にしかない。うーん、上水道の整備の恩恵をものすごくうけているのだなぁ。
 
あと、ごはん炊いたり、料理にペットボトルの水使ったけど、ちょっとのことですごい減るからびっくりした。日頃、無自覚になんと沢山の水を使っていることか!
 
あと重要なのは、やはりお風呂。まぁ災害時は毎日入らなくても良いかもだけど、今回は会社行かなきゃだし、やっぱりシャワーを浴びたかった。そんなときに役に立つのは何といっても銭湯。幸い徒歩圏内に4こくらい銭湯があって日替わりで色々行ってみた。
 
最近は利用者が少なくて採算が合わず、廃業が増えているというけど、こういう時は有り難さを再確認。あと、近所にコインシャワーなるものを発見!知らなかったー。ちなみに5分200円です。冬場にお湯5分はキツい・・・。かといって二回使うのは高い・・・。しかしコインランドリー利用中に本読みながら待っていたら、結構利用者がいるようだった。
 

 

普段は気にしない、家周辺の様々な便利施設。部屋選ぶときはいざという時のために意識してみてもいいかも、と思った次第。

家族議論大会

この間、久しぶりに実家に帰ったら弟がいて、珍しく家族4人で晩ごはんだった。あたしも一人暮らしで弟は結婚して出てるからまずなかなか無いことだけど。

 
晩ご飯後に、母親がいつもの調子で世の中を嘆きはじめて、あたしと弟が反論したところでなぜか大議論大会になった。
 
内容は多岐に渡るし煩わしいものなので詳細は省くとして、結論として思ったことがある。
 
当たり前だけど、世代が異なるとものの見え方や重要なものが変わるということ。
 
世の中の色々な理不尽な出来事や政治の内容の善し悪しについて、どのような意見を持つのも自由だし、否定的に検証して批判するのも自由。むしろとても意味のあること。あたしも共感する部分はたくさんある。
 
けど、親の世代と違って私達はこれからを生きていく訳だから、批判して嘆くだけでは前向きに生きていけない。なので、小さくても前向きな取り組みを見て、前向きに受け止め、自分の生き方に落とし込んでいきたいと感じている。
 
だから批判を発言したり行動したりしないことを責められたくない。たしかに全てのトピックについて十分な知識や判断基準を持てている訳ではないけど、もちろん批判的にも見てるし、反対の気持ちをもっていることもある。けど、それらは自分の力で今変えられることばかりではないので、それならば今自分に出来ることからやっていきたい。
 
今時間をあててやりたいことは、新しい生き方をしてる人を知ること。そして自分がどういう生き方をしたいか決めること。色々よくないニュースばかりだけど、それらの後に、受け皿となる新しい生き方があるはずで、それを前向きに考えたい。
 
あと改めて知って不思議な感じがしたのは、親の世代には「あの頃は良かった」という感覚があること。私たちの世代はバブル以降の世の中しか知らない。日本は縮小して右肩あがりをイメージできないし、個人主義的で不寛容になってみんな疲れてる。年金もないし、気候も不安定。でもなんとか幸せな生き方を考えたい。
 
もちろん良くなったこともあるけど。良くなったのは女性は家庭を守れば良いという押し付けが少し弱まったことと、インターネットで色んな知識を得やすくなったこと、旅行が安くなって色んな経験を積みやすくなったこと。かなぁ。
 
まぁ、とりあえず、別に問題意識がないから怒らないわけではないんです。呆れたり怒ったり嘆いてるけど、今出来ることを自分なりにやりたいと思っているのです。
 
とりあえずそんなことを考えた。
以上。

おいしかった食べもの屋さん1 「浜松市 幸楽」

先日、一人出張で浜松にきて晩ごはんを探してふらふら。さんざん歩き回ってもなんとなくピンとくるお店がなく、ヤケクソな気分になり始めた時。のれんの雰囲気に惹かれて立ち止まり、食べログ見てみたら驚きの高評価。これは何かのご縁と思い、晩ごはんはとんかつに決まりました。

 

 https://www.google.co.jp/amp/s/s.tabelog.com/shizuoka/A2202/A220201/22000181/top_amp/?client=ms-android-asus

 

6人くらいのカウンターのみのお店。

松竹梅でお肉の厚みが違うのかな?

2100円の梅を選択。

 

隣の人のお肉がもはや美味しそうで待ってる間に期待が高まります。

 

食べてみたら、お肉のあげ具合が完璧!まだほんのりピンクのお肉はギリギ火がとおりきった絶妙な加減。ものすごい柔らかい仕上がり。厚めの脂身は口の中でとろけて全然重くない。しっかり揚がった衣は粗刻みのパン粉、薄付きでサクサク。甘い千切りキャベツとお手製のポテトサラダを添えて。浅漬けの漬け物でさっぱりをはさみつつ。

 

とんかつ一筋?さすがプロです!マスターは口数少なだけど笑顔でステキな方でした。本当においしかった!ご馳走様でした!


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お米が各段においしくなって驚いた。精米機ってすごい。

自分で育てたお米を食べるに当たり、玄米を精米しながら食べているのですが、これまで10年前に使っていてずーっとしまわれていた家庭用精米機を引っ張り出してきて使っていました。

 

ところが、友人からの「精米機を変えると驚くほどお米がおいしくなる」との情報を得て、思い切って買い替えることに。今回オススメされて購入したのはこちらの精米機。

山本電気株式会社の家庭用精米機、Bisenです。

 

早速試してみることに。

精米コースは分づき米、胚芽米、白米、再精米と豊富。まずは白米にしてみました。結論から言うと、まったく同じお米とは思えないほどおいしくなりました!!本当にびっくりです。以前の精米機で食べていたときはなんだかぼそぼそして口当たりが悪く、水につける時間を長くしたり、水を増やしたり炊き方でカバーしようと試行錯誤しても改善せず、せっかく作ったけど素人のお米じゃやはりだめなのか・・・と少し悲しく思っていました。ところが精米機を変えた途端、もっちりつやつやのお米になりました。また再精米のコースも優秀で、すでに旧精米機で精米してしまったお米をあらためて精米し直すことでおいしく食べられるようになりました。

 

なお、この再精米は古くなってしまったお米をおいしくするのにも有効とのこと。ちょっと味がいまいちだ・・・と思っている方は本当に試してみる価値あると思います。

 

正直いままで精米の工程なんて気にしたこともありませんでした。その精米ひとつでこんなにお米が変わるなんて考えてもいませんでした。お米はまず品種の違いがあり、土地の気候、施肥の仕方、水の流れや温度、日照条件、など様々な条件の中で育ち、刈ってからも天日干しか機械乾燥か、モミから出して保管するか、玄米で保管するか、どう精米するか、どうやって炊くか、など様々な条件を重ねて最終食卓に上がった時の味が決まるんだなぁとしみじみ思いました。そしてお米をおいしくするためにいろんな人がいろんな工夫をしまくっているんだなぁ。

 

個人的にはぼそぼそしていたのがお米のせいじゃなくてよかったです。逆に、無農薬無肥料、初挑戦でもこんなにおいしいお米ができるのか!と改めて驚きなおすことになりました。来年もお米を作りますが、今年以上に作業工程の一つ一つをよく観察しながらやってみたいと思いました。